
地図はなぜ北が上なのか? — 北が上になった経緯と、その「上」が真北とは限らない理由
地図の上が北なのは、物理的な必然ではなく約束ごとです。歴史上、東が上の地図も南が上の地図も普通に使われてきました。そして現代の地図でも、上方向が指しているのは「真北」とは限りません。日本の地形図や平面直角座標系では、上方向は座標北という3番目の北で、真北とは場所によって角度がずれます。この記事は、前半で「なぜ北が上に落ち着いたのか」を、後半で「その上は何の北なのか」を扱います。
上が北でない地図は、たくさんあった
地球は球なので、どの向きが「上」かは決まりません。実際、地図の向きは時代と文化で大きく違いました。
| 地図 | 上になる方位 | 上にした理由(とされるもの) |
|---|---|---|
| 中世ヨーロッパの世界図(TO図) | 東 | 東方にある楽園を上に置くという宗教的な世界観 |
| 中世イスラム世界の地図 | 南 | 作り手の多くが北半球の南側に暮らし、南を「前」とした |
| 中国の古地図 | 北 | 北に君主の座を置く伝統など、複数の説がある |
| 現代の一般的な地図 | 北 | (次節) |
英語で「方角を定める」を orientation と言い、その語源が「東(orient)」であることは、かつて東が基準だった時代の名残としてよく引かれます。
北が上に落ち着いた理由
決定的な一撃があったわけではなく、いくつかの条件が重なった結果と説明されるのが一般的です。
1. 古代の地理書の形式が受け継がれた。 2世紀のプトレマイオス『ゲオグラフィア』は、経緯度の格子に北を上として世界を描きました。この書物が中世を経てヨーロッパで再発見されたことで、北が上の格子図が「学問的な地図の形」として広まります。
2. 北に、動かない目印があった。 北半球では、北極星が夜通しほぼ同じ位置に見えます。方位磁針も(後述のずれはあるものの)北をおおよそ指します。航海で頼れる基準が北にあったことは大きい、とされます。
3. 地図を作った側が北半球にいた。 大航海時代以降、世界地図の作成と印刷の中心はヨーロッパでした。自分たちの陸地を図の上半分に置く形が定着し、そのまま標準になりました。
つまり北が上なのは、北が特別だからではなく、北を基準にした地図が先に普及したからです。1979年にオーストラリアで作られた「南が上の世界地図」(マッカーサーの世界修正地図)のように、意図的に逆さにした地図が今も作られ続けているのは、この約束ごとの恣意性を突くためです。
ちなみに宇宙には「上」がないので、月や火星の地図でも北(自転軸の一方)を上にするという約束が別途決められています。その決め方は月と火星の座標系はどうなっている?で扱っています。
ここからが本題——その「上」は何の北か
ここで話が測地系の側に移ります。地図の上方向が指す北には、3種類あります。
| 北の種類 | 何を指すか | 地図での役割 |
|---|---|---|
| 真北 | その地点を通る子午線(経線)が指す、地球の北極方向 | 「本当の北」。基準 |
| 磁北 | 方位磁針が指す北 | 真北とずれる(日本では西へ約4〜10度) |
| 座標北 | 平面直角座標系のX軸(縦軸)が指す北 | 地形図・図面の「上」はこれ |
日本の2万5千分1地形図や、測量で使う平面直角座標系の図面では、上方向は座標北です。そして座標北は、系の原点を通る子午線の上でだけ真北と一致し、原点から東西に離れるほど真北からずれます。
なぜずれるのか。地球は球で、経線は極で1点に集まります。それを平面に貼り付けると、経線どうしは平行になりません。ところが平面直角座標系の格子は、定義上まっすぐ平行です。曲がっているものを直線の格子に押し込んだ分が、そのまま角度のずれになるわけです。

このずれの角度を子午線収差角(真北方向角)と呼びます。日本の平面直角座標系は全国を19の系に分け、各系の東西の広がりを狭く抑えているので、このずれは実用上小さな値に収まります。ただしゼロではありません。境界に近い場所で方位を扱う測量では、この角度の補正が必要になります。実際の計算のしかたは子午線収差角(真北方向角)とは — 座標北と真北の角度差を計算するにまとめています。
図でまとめる——「上」の3層構造
真北(経線の向き。場所ごとに違う方向)
↑ ↖ 子午線収差角(系の原点から東西に離れるほど開く)
| 座標北(図面の「上」。系の中では常に同じ方向)
|
| ↘ 偏角(日本では西へ約4〜10度)
| 磁北(方位磁針の向き)
- 図面を回して方位を測る → 座標北を使っている
- コンパスで現地の方位を測る → 磁北を使っている
- 経緯度から計算する → 真北を使っている
この3つを混ぜると、数度単位の食い違いが出ます。数度でも、100m先では数mの位置の差になります。3つの北の関係そのものは真北・磁北・座標北の違いとはで詳しく図解しています。
Webの地図でも「上=真北」ではない
スマートフォンの地図アプリも、既定では北が上です。こちらはWebメルカトル図法で、経線が縦の平行線として描かれるため、画面の上方向は(極に近づきすぎない限り)真北とほぼ一致します。平面直角座標系のような子午線収差角は生じません。
そのかわり、メルカトル図法は面積を大きくゆがめます。「向きを正しく保つ代わりに、大きさを捨てた」図法だからです。何を保って何を捨てるかの選択はメルカトル図法でグリーンランドはなぜ大きく見える?で扱いました。
なお、車載ナビや歩行時のマップでよく使われる「進行方向が上(ヘディングアップ)」の表示は、北が上という約束を意図的に外したものです。目的が「自分がどちらに曲がるか」なら、そのほうが読みやすい——地図の向きが目的次第であることの、身近な実例と言えます。
まとめ
- 地図の北が上なのは約束ごと。歴史上は東が上・南が上の地図も普通に使われていた
- 北に定着したのは、プトレマイオス以来の格子図の形式、北極星と方位磁針という北側の基準、そして作り手が北半球にいたことが重なった結果とされる
- 日本の地形図・図面の「上」は真北ではなく座標北。平面直角座標系のX軸が指す方向で、系の原点から東西に離れるほど真北からずれる(子午線収差角)
- スマホ地図の上方向は、Webメルカトルなので真北とほぼ一致する。ただし面積は大きくゆがむ
- 方位を扱うときは、いま自分が真北・磁北・座標北のどれを使っているかを必ず意識する
出典
- 平面直角座標系 — 国土地理院: https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/jpc.html
- 磁気図・偏角一覧図 — 国土地理院: https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/menu03_magnetic_chart.html
- 地形図の読み方(真北・磁北・方位)— 国土地理院: https://www.gsi.go.jp/MAP/HISTORY/index.html
- Cartography / History of cartography — Encyclopaedia Britannica: https://www.britannica.com/science/cartography
- McArthur’s Universal Corrective Map of the World(南が上の世界地図・1979)— State Library of New South Wales: https://www.sl.nsw.gov.au/
次に確認する
- 真北・磁北・座標北の違いとは — 3つの「北」はどうずれる? — 本記事で並べた3つの北を、それぞれどれだけずれるかまで図で追えます
- 平面直角座標系の19の系はどう分かれている? — 座標北が真北からずれる量を小さく抑えるために、系が細かく分かれている理由が分かります
- メルカトル図法でグリーンランドはなぜ大きく見える? — 「向きを保つ代わりに面積を捨てる」という図法の選択の話です
- 方位磁針は本当の北を指していない — 偏角とIGRF — 磁北が真北からずれる量が、場所と年でどう変わるかのモデルです
- 子午線収差角(真北方向角)とは(GeoConverter Pro) — 座標北と真北の角度差を、実際に緯度経度から計算する手順です
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第4章「地図のゆがみと三つの北」(Kindle Unlimited対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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