
月と火星の測地系 — 地球外の緯度経度
GeoPrism JPは日本の測地系のズレを可視化・学習するアプリですが、「測地系」という考え方そのものは地球専用のものではありません。今回はお楽しみ枠として、月と火星にも「緯度経度」があり、それぞれ独自の測地系(基準面・原点・座標系)が定義されているという話を紹介します。地球の測地系がどう設計されているかを思い出しながら読むと、地球の測地系への理解もかえって深まります。
おさらい:地球の測地系の設計
GRS80とWGS84の比較記事で紹介したとおり、地球の測地系は次の3つの要素で成り立っています。
- 基準面(準拠楕円体):地球の形を近似する回転楕円体。長半径と扁平率で定義
- 原点・向き:楕円体の中心をどこに置くか、回転軸をどこに合わせるか
- 本初子午線:経度0度をどこに定めるか(地球ではグリニッジ天文台)

この3要素の組み合わせで「緯度・経度」という共通言語が成り立っています。月や火星でも、同じ3要素を独自に定義することで、それぞれの「緯度経度」が使えるようになっています。
火星の測地系 — 惑星中心座標とAiry-0クレーター
火星の測地系は、国際天文学連合(IAU)が定義した基準に従います。
- 基準面:赤道半径 約3,396.19km・極半径 約3,376.2kmの回転楕円体(地球のGRS80に相当する役割)
- 座標系:かつては「areographic(惑星地図学的)座標系」という、地球の測地緯度に近い定義も使われていましたが、現在はareocentric(惑星中心)座標系——火星の中心から見た角度でそのまま緯度経度を定める、よりシンプルな方式が標準になっています
- 本初子午線:直径約500mの小さなクレーター「Airy-0」を経度0度の基準に採用。1970年代の探査機マリナー9号の画像から選ばれました。近年は、より高精度に位置を特定できるよう、着陸機バイキング1号の経度(西経47.95137度)を基準線として採用する方式にIAUが見直しています(Airy-0の位置そのものはほぼ変わりません)
火星にも、地球のジオイドに相当する重力に基づく基準面(areoid)の考え方があり、探査機によるレーザー高度計データ(MOLA)などから求められています。
月の測地系 — 楕円体ではなく「球」、そして2つの座標系
月は地球や火星に比べてほぼ球形に近いため、IAUの基準では回転楕円体ではなく単純な球(平均半径 約1,737.4km)が基準面として採用されています。扁平率を考慮する実用上のメリットが小さいためです。
月の測地系でよく使われるのは、次の2つの座標系です。
| 座標系 | 用途 | 本初子午線の定義 |
|---|---|---|
| Mean Earth/Polar Axis系(ME系) | 地図作成・着陸地点の記載・ミッション間の位置共有など、実務的な用途 | 月から見た「地球の平均方向」(Oppolzer Aクレーター付近) |
| Principal Axis系(PA系) | 軌道力学・重力場モデルなど、力学計算が中心の用途 | 月の慣性主軸に基づく定義 |
同じ「月面の緯度経度」でも、どちらの座標系を使うかで数値がわずかに変わるため、月探査データを扱う際はどちらの系で記載されているかを確認する必要があります。
3つの天体を比べる
| 天体 | 基準面 | 赤道半径 | 極半径・扁平率 | 本初子午線の定義 |
|---|---|---|---|---|
| 地球(GRS80) | 回転楕円体 | 6,378.137km | 6,356.752km(f=1/298.257…) | グリニッジ子午線 |
| 火星(IAU) | 回転楕円体 | 約3,396.19km | 約3,376.2km | Airy-0クレーター(バイキング1号の経度で高精度化) |
| 月(IAU) | 球(ほぼ球形のため) | 約1,737.4km(平均半径) | ほぼ0(扁平率を無視) | 平均地球方向(ME系)/慣性主軸(PA系) |
地球は赤道方向にやや膨らんだ回転楕円体、火星も同様に回転楕円体、月はほぼ球——天体の実際の形に応じて、基準面の「型」そのものが変わっている点が興味深いところです。
まとめ
- 測地系は「基準面・原点/向き・本初子午線」という共通の設計要素を持ち、地球以外の天体にも同じ考え方で定義されている
- 火星はareocentric座標系+Airy-0クレーター基準の回転楕円体、月はほぼ球形なので単純な球+2つの座標系(ME系/PA系)という違いがある
- 地球の測地系(GRS80・グリニッジ子午線など)が「なぜそう決められているか」を振り返る良い比較対象になる
出典
- Duxbury, T. C. et al. “The location of Airy-0, the Mars prime meridian reference” Journal of Geophysical Research: Planets, 2014
- IAU Working Group on Cartographic Coordinates and Rotational Elements(惑星座標系の定義)
- NASA “A Standardized Lunar Coordinate System for the Lunar Reconnaissance Orbiter”
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