
東京からニューヨークへの最短ルートはなぜ北へ大回りする? — 地図の上の直線は約1,900km遠回りだった
遠回りなのは地図のほうです。
東京とニューヨークを最短で結ぶ線は、アラスカの北岸沖・北緯約70度まで上がります。世界地図の上ではとんでもない大回りに見えますが、実際に短いのはこちらで、地図に定規を当てて引いた直線のほうが約1,900km長い。数字にすると17.6%の差です。
地球儀に糸を張ると分かる
紙の地図でこれを納得するのは難しいので、地球儀で考えます。2点に糸を張ってぴんと引くと、糸は球の中心を通る平面の上に乗ります。この平面が球を切った切り口が大円(大圏)で、糸が通った道が大圏航路です。球の上でいちばん短い道は、必ずこの大円の一部になります。
ここでつまずきやすいのが、緯線は大円ではないという点です。赤道だけが大円で、北緯35度線も北緯40度線も、球を中心から切った円ではありません。小さい円のふちを回っているぶん、遠回りになります。
「東西に離れた2地点なら、まっすぐ東へ行けばいい」という直感が外れるのは、このためです。
実際に計算してみる
東京側は日本経緯度原点(北緯35度39分29.1572秒、東経139度44分28.8869秒/国土地理院)、ニューヨーク側は概数として北緯40.70度・西経74.00度を使い、計算しました。
| 経路 | 距離 | 備考 |
|---|---|---|
| 測地線(GRS80/WGS84の回転楕円体上の最短) | 約 10,876 km | 実際の最短 |
| 大圏航路(半径6,371kmの球で計算) | 約 10,852 km | 楕円体との差は約24km |
| 等角航路(メルカトル図の上の直線) | 約 12,787 km | 方位を87.5度に固定して進む道 |
差は 約1,912km、率にして 17.6%。同じ2点を結ぶだけで、2,000km近い遠回りが生まれます。
出発の方位は「ほぼ北北東」
同じ計算から出てくる方位角が、この話のいちばん面白いところです。
| 方位角 | |
|---|---|
| 東京を出るときの向き | 約 25度(北北東) |
| ニューヨークに着くときの向き | 約 153度(南南東) |
ニューヨークは東京から見て東の方角にあるのに、最短で行くならまず北北東を向いて飛び立つことになります。そして到着時には南南東を向いている。同じ1本の線をたどっているだけなのに、進行方位が128度も変わるわけです。
これが大圏航路の性質です。大円は経線(これも大円です)と、場所ごとに違う角度で交わります。だから「方位を一定に保って進む」と大円から外れてしまう。
方位を一定にした道が「等角航路」
方位を固定して進む道を等角航路(航程線・ロクソドローム)といいます。東京からニューヨークなら、コンパスを87.5度——ほぼ真東——に固定して走り続ける道です。
これは航海術にとってはとても便利な道でした。羅針盤の針を一定に保つだけでよく、途中で方位を計算し直さなくていい。そしてメルカトル図法の地図の上では、等角航路がまっすぐな直線になります。メルカトル図法はそのために作られた図法です。
つまり、世界地図に定規を当てて引いた直線は、最短ルートではなく「方位を変えずに行ける道」なのです。便利さと引き換えに、この例では1,900kmを払っています。
どこを通るのか
測地線を等間隔に刻んで、通過点を並べてみます。
| 行程 | 位置 | だいたいの場所 |
|---|---|---|
| 10% | 北緯44.4度 東経145.5度 | 北海道の東の沖 |
| 20% | 北緯52.7度 東経153.3度 | カムチャツカ半島の東 |
| 30% | 北緯60.3度 東経164.5度 | ベーリング海の北西 |
| 40% | 北緯66.4度 西経178.4度 | 北極圏に入るあたり |
| 50% | 北緯69.7度 西経153.6度 | アラスカ北岸の沖合 |
| 60% | 北緯68.7度 西経126.1度 | カナダ北西部 |
| 70% | 北緯64.1度 西経104.5度 | カナダ中部 |
| 80% | 北緯57.2度 西経90.3度 | ハドソン湾のあたり |
最高緯度は約69.9度。北極点までは約2,200kmありますが、北極圏(北緯66.6度以北)にはしっかり入ります。「北極の近くを通る」と言われるのは、この区間のことです。
大圏航路の最高緯度は、出発点の緯度と出発方位だけで決まります。北緯35.66度を方位25.1度で出発すると、緯度69.9度まで上がってから下り始める——2つの数字からそれが決まってしまうのが、球面幾何の面白いところです。
球と楕円体で24km違う
上の表で、球で計算した大圏航路(10,852km)と、回転楕円体で計算した測地線(10,876km)に約24kmの差が出ています。1万kmに対して0.2%ほどです。
地球は極方向にわずかにつぶれた回転楕円体なので、球として扱うと形が合いません。この経路は高緯度を通るぶん、その差が出やすい向きです。
日常の感覚では0.2%は小さく見えますが、24kmは東京駅から横浜駅までよりも長い距離です。地図や航法の世界で「球でいいか、楕円体でないと駄目か」が問題になるのは、こういう場面です。
図法を変えれば「まっすぐ」も変わる
大圏航路が直線に見える図法もあります。正距方位図法は、図の中心から各地点への距離と方位が正しく描かれる図法で、中心を通る直線がそのまま大圏航路になります。飛行機の路線図でこの図法が使われるのは、そのためです。
「まっすぐ」は地球の性質ではなく、その紙にどう写したかの性質です。
- メルカトル図法の直線 → 等角航路(方位が一定)
- 正距方位図法の中心を通る直線 → 大圏航路(中心からの最短)
- 地球儀に張った糸 → 大圏航路
同じ2点でも、どの紙に描くかで「直線」が指すものが変わります。
その緯度経度は、どの基準で測ったものか
最後にひとつ。ここまでの計算はすべて、2点の緯度経度が同じ基準で測られているという前提で成り立っています。
日本の座標には、明治以来の日本測地系と、2002年から使われている世界測地系があります。同じ地点でも、日本測地系の値と世界測地系の値は400m前後ずれます。1万kmの計算に400mを混ぜても結果はほとんど動きませんが、数kmや数百mの距離を測るときには、この差がそのまま答えの誤差になります。
GeoPrism JP(GPRM)のズレマップは、この差が日本のどこでどれだけあるかを地図で見られるようにしたものです。距離を計算する前に「その座標がどの基準のものか」を確かめる癖は、遠回りに見えて近道です。
まとめ
- 球の上の最短は大円の一部。緯線は(赤道以外)大円ではないので、真東に進むのは遠回り
- 東京〜ニューヨークの測地線は約10,876km。メルカトル図の直線(等角航路)は約12,787kmで、約1,900km・17.6%長い
- 最短ルートの出発方位は約25度(北北東)、到着方位は約153度(南南東)。同じ線の上で方位が128度変わる
- 最高緯度は約69.9度、アラスカ北岸の沖合。北極圏を通る
- 球で計算するか楕円体で計算するかで約24km(0.2%)違う
- 「まっすぐ」は図法によって意味が変わる。メルカトルなら等角航路、正距方位図法なら大圏航路
出典
- 国土地理院「日本経緯度原点」 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/sankaku-genten.html
- C. F. F. Karney, GeographicLib(測地線計算ライブラリ) https://geographiclib.sourceforge.io/
本記事の距離・方位・通過点は、上記の日本経緯度原点の値と、ニューヨーク側の概数(北緯40.70度・西経74.00度)を用いて筆者が計算したものです。ニューヨーク側が概数のため、距離はkm単位に丸めています。測地線はGRS80/WGS84の回転楕円体、球面での計算は平均半径6,371.0088kmを用いました。実際の航空路は空域・気象・運航上の制約で決まるため、ここで求めた測地線とは一致しません。
次に確認する
- メルカトル図法で面積がどう伸びるかを確認する — 直線が等角航路になる図法の、もう一方の代償です
- 緯度1分=1海里という定義のなりたちを確認する — 航海の距離が緯度で測られてきた理由です
- 緯度1度・経度1度が何メートルになるかを確認する — 経度方向の長さが緯度で縮む話で、大圏が北へ寄る理由につながります
- 2点間距離の計算式を実務でどう選ぶかを確認する(GeoConverter Pro) — 本記事の10,876kmを出した計算の中身です
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第4章「地図のゆがみと三つの北」(Kindle Unlimited対応)
入門から通しで読むなら: 『日本の測地系がわかる本』 — 旧日本測地系から JGD2024 まで、座標がズレる理由と実務での扱いを1冊にまとめました(Kindle Unlimited 対応)
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