
本初子午線はどこを通る? — グリニッジ天文台と、GPSの経度0度が約100mずれている理由
経度0度の線は1本ではありません。 ロンドンのグリニッジ天文台にある「本初子午線」の標示と、スマートフォンのGPSが経度0度と表示する場所は、グリニッジの緯度で約102m離れています。天文台に行って標示線の上に立ち、GPSで経度を見ると 0.0000° ではなく西経0.0015°あたりが出ます。これは機器の誤差ではなく、経度の決め方が「星の見え方」から「地球の重心」に変わったことによる、測地系の話そのものです。

そもそも本初子午線とは何か
子午線は、北極と南極を結んで地表を縦に走る線です。地球のどこにでも引けるので、どれを「0度」にするかは決めの問題でしかありません。緯度には赤道という物理的な基準がありますが、経度にはそれがない——ここが緯度と経度の非対称なところです。
1884年、ワシントンで開かれた国際子午線会議で、イギリス・グリニッジ王立天文台のエアリー子午環(Airy Transit Circle)を通る子午線を世界共通の経度0度とすることが決まりました。当時のイギリスは海図の世界的な供給元で、多くの国の航海がすでにグリニッジ基準の表を使っていた、という実務的な事情が背景にあります。
天文台の中庭には、いまもこの線が金属の帯で示されています。観光客が線をまたいで「東半球と西半球の両方に立つ」写真を撮る、あの場所です。
では、なぜGPSは別の場所を0度と言うのか
昔の経度は「おもりの糸」を基準にしていた
エアリー子午環は望遠鏡です。星が真南(正確には子午線上)を通過する瞬間を捉えて時刻と経度を決める装置で、望遠鏡の据え付けは水準器とおもりの糸、つまり重力の向きに合わせて行われます。
ここが肝心なところです。重力の向き(鉛直線)は、地球のどこでも地球の中心を向いているわけではありません。 近くに山があれば山側へわずかに引かれ、地下の岩石が重ければそちらへ傾きます。この「幾何学的に決まる法線」と「実際の重力の向き」のずれを鉛直線偏差と呼びます。
昔の経度・緯度は、この鉛直線を基準にした天文経緯度でした。日本の測量が三角測量と天文観測で全国の座標を決めていた時代も、原理は同じです。
今の経度は「地球の重心」を基準にしている
現代のGPS・GNSSが使う座標系(WGS84、その基礎となるITRF)は、地球の重心を原点とし、自転軸と幾何学的に定義された面から経度を測ります。おもりの糸は一切出てきません。人工衛星の軌道は重力場の中心=重心のまわりを回るので、衛星測位は自然に地心座標系になるのです。
この考え方は世界測地系ITRFとはで図にしています。
差は約102m
グリニッジの位置では、鉛直線偏差の東西成分がおよそ5.3秒角あります。この角度を地表の距離に直すと、緯度51.5度あたりで約102m。現代の経度0度(IERS基準子午線)は、エアリー子午環の約102m東を通ります。
| 基準にしたもの | グリニッジでの位置 | |
|---|---|---|
| 歴史的な本初子午線 | エアリー子午環=鉛直線(重力の向き) | 天文台の標示線 |
| IERS基準子午線(GPSの0度) | 地球の重心と自転軸=幾何学的な定義 | 標示線の約102m東 |
「グリニッジ子午線が動いた」と言われることがありますが、正確には線が動いたのではなく、経度の測り方が変わったのです。エアリー子午環はいまも同じ場所にあります。
なお、この差が生じた理由については、Malys らが2015年に Journal of Geodesy で発表した論文「Why the Greenwich meridian moved」が、鉛直線偏差と天文時系の連続性の条件から定量的に説明しています。
同じことが日本でも起きている
これは遠い国の話ではありません。日本の座標も、まったく同じ理由で数百m動いています。
日本経緯度原点(東京都港区麻布台)は、もともと東京天文台の子午環の中心を基準に、天文観測で経緯度を決めた点でした。2002年に世界測地系(当時のJGD2000)へ移行したとき、この原点の経緯度の値そのものが改められています。
その結果、同じ場所を指しているのに、旧日本測地系の座標と世界測地系の座標では日本国内で数百m違うという状態が生まれました。ズレの向き・大きさは全国で一様ではなく、地域によって変わります。

グリニッジで102m、日本で数百m。桁は違いますが、原因は同じ「鉛直線を基準にした系」から「地心の系」への移行です。
明石市の東経135度の標示にも同じ話があり、こちらは日本の標準時はなぜ東経135度?で詳しく扱っています。
この話が実務で効く場面
- 古い図面・古い地図の座標をそのまま使わない。どの測地系の値かを確かめる(旧日本測地系と世界測地系のズレ)
- 「経度0度」「東経135度」といった標示は、いつの基準で引かれたものかを見る
- GPSの値と地図の値が食い違うとき、まず測地系を疑う。機器の精度より測地系の差のほうが桁違いに大きいことが多い

GeoPrism JP のズレマップでは、日本地図をタップして、旧日本測地系と世界測地系で同じ地点の座標がどれだけ違うかをその場で確認できます。使い方は測地系ズレマップの使い方にまとめています。
- GeoPrism JP: https://apps.apple.com/app/id6780149823
出典
- IERS(国際地球回転・基準系事業) https://www.iers.org/
- Malys, S. et al. “Why the Greenwich meridian moved”, Journal of Geodesy (2015) https://link.springer.com/article/10.1007/s00190-015-0844-y
- 国土地理院「日本経緯度原点」 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/sokuchikijun40003.html
- 国土地理院「世界測地系」 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/datum-main.html
記載は2026年8月時点の公表情報に基づきます。距離の値は概数です。
次に確認する
- 世界測地系ITRFがどう地球の座標を決めているかを確認する — 「地球の重心を基準にする」という考え方の本体です
- 日本の標準時が東経135度になった経緯を確認する — 明石の標示線にも同じ測地系の話があります
- 旧日本測地系と世界測地系で座標が数百mずれる理由を確認する — クイズ形式で日本国内のズレを確かめられます
- 三角測量と天文観測で全国の座標を決めていた時代を確認する — 鉛直線を基準にしていた測量の中身です
- 測地系が不明な座標をズレ量から見分ける手順を確認する(GeoConverter Pro) — 同じ話を実務でどう処理するかです
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第1章「緯度と経度のきほん」(Kindle Unlimited対応)
入門から通しで読むなら: 『日本の測地系がわかる本』 — 旧日本測地系から JGD2024 まで、座標がズレる理由と実務での扱いを1冊にまとめました(Kindle Unlimited 対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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