【クイズ解説㉕】GPS衛星の時計は地上より速い?遅い? — 相対性理論の補正のきほんを確認する

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【クイズ解説㉕】GPS衛星の時計は地上より速い?遅い? — 相対性理論の補正のきほんを確認する

【クイズ解説㉕】GPS衛星の時計は地上より速い?遅い? — 相対性理論の補正のきほんを確認する

答えは「速い」です。GPS衛星の原子時計は、地上の時計より 1日あたり約38マイクロ秒だけ速く進みます。100万分の38秒。ところが測位ではこれに光速が掛かるので、放っておくと1日で約11.6kmの位置誤差になります。

では、その補正は誰がどこでやっているのか。2問で確認します。


第1問:GPS衛星の時計は、地上の時計と比べてどうなる?

GPS衛星には原子時計が積まれています。地上に置いた同じ原子時計と比べたとき、軌道上の時計の進み方はどうなるでしょう。

  1. 原子時計なので、どちらもまったく同じ速さで進む
  2. 1日に約7マイクロ秒遅れる
  3. 1日に約38マイクロ秒速く進む
  4. 1日に約45マイクロ秒遅れる

正解:3(1日に約38マイクロ秒速く進む)

なぜそうなるのか

向きの逆な2つの効果が同時に働いていて、その足し算の結果です。

効果 原因 向き 1日あたり
特殊相対性理論 衛星が速く動いている(秒速約3.9km) 時計が遅れる 約 −7 マイクロ秒
一般相対性理論 衛星が重力の弱い高所にいる(高度約2万km) 時計が進む 約 +45 マイクロ秒
合計 進む 約 +38 マイクロ秒

選択肢2の「約7マイクロ秒遅れる」は速度の効果だけを見た値、選択肢4の「約45マイクロ秒」は重力の効果だけを見た値です。どちらも実在する数字ですが、片方だけでは答えになりません。高いところにいる効果のほうが6倍以上大きいので、差し引きすると「進む」が残ります。

選択肢1について

原子時計そのものの精度は、この話とは別次元です。時計が正確かどうかではなく、置かれた場所の速度と重力によって、時間の流れ方自体が変わるというのが要点です。だから、どれだけ高性能な時計を積んでも、この差は消えません。


第2問:そのずれは、どこで補正されている?

1日38マイクロ秒のずれを放置すると測位は成立しません。実際にはどこで手当てされているでしょう。

  1. 受信機が毎回、相対論の式を解いて差し引いている
  2. 地上の管制局が毎日、衛星の時計を合わせ直している
  3. 打ち上げる前に、原子時計の刻む速さそのものを下げてある
  4. 誤差が小さいので、特に補正していない

正解:3(打ち上げ前に時計の周波数を下げてある)

なぜそうなるのか

GPSの基準周波数は公称 10.23MHz ですが、衛星に積む時計は次の値に設定されています。

10.22999999543 MHz
= (1 − 4.4647 × 10⁻¹⁰) × 10.23 MHz

小数第9位で効いてくるわずかな差です。この分だけあらかじめ遅く刻むようにしておくと、軌道上では相対論的な進みと打ち消し合って、地上の10.23MHzと同じ速さになります。

確かめてみると、4.4647 × 10⁻¹⁰ × 86,400秒 = 約 3.86 × 10⁻⁵ 秒 = 約38.6マイクロ秒。第1問の数字と一致します。

問題が起きてから直すのではなく、問題が起きないように部品の側を作り変えてある。これがこのクイズのいちばん面白いところです。

ただし、全部は消せない

打ち上げ前の周波数調整で消せるのは一定量のずれだけです。軌道が完全な円ではないため、衛星が近地点にいるときと遠地点にいるときで速度と高度が変わり、ずれの量も周期的に変動します。この分だけは受信機側で、軌道の離心率に応じた補正項として処理されます。

つまり選択肢1も、部分的には正しい。ただし受信機が扱っているのは「残り」のほうです。

日本のみちびき(QZSS)の準天頂軌道は、意図的に楕円にしてある軌道です。日本の上空に長く留まる8の字を描かせるための設計ですが、そのぶん高度と速度の変化も大きく、この周期項はGPSの円に近い軌道より大きく効きます。

地球全体を覆う基準座標系の考え方を図解した学習用の図

選択肢4について

「小さい誤差だから無視できる」かどうかは、何に使うかで決まります。時計のずれは光速を掛けて距離になるので、

経過時間 時計のずれ 距離に直すと
1秒 約 0.45 ナノ秒 約 13 cm
1分 約 27 ナノ秒 約 8 m
1時間 約 1.6 マイクロ秒 約 480 m
1日 約 38.6 マイクロ秒 約 11.6 km

1ナノ秒のずれが約30cm。単独測位で数m、RTKで数cmという私たちの物差しからすると、無視できる量ではまったくありません。


おまけ:あなたの時計も、標高のぶんだけ速い

重力が弱いほど時間が速く進むなら、山の上に住んでいる人の時計は、海辺の人より速く進んでいるはずです。実際そうなっています。

2020年、東京大学の香取秀俊教授らのグループが、東京スカイツリーの地上階と地上450mの展望台に可搬型の光格子時計を1台ずつ置いて比べました。展望台の時計は地上より 1日あたり約4ナノ秒速く進んでいて、この差から求めた高低差は測量値とよく一致しました。

高さによる進みの量は、おおよそ次の式で見積もれます(g=重力加速度、h=高低差、c=光速)。

1日あたりの差 ≒ (g × h ÷ c²) × 86,400秒

この式に入れてみると:

場所 高低差 1日あたり速く進む量
東京スカイツリー展望台 450 m 約 4 ナノ秒
富士山の山頂 3,776 m 約 36 ナノ秒
GPS衛星の軌道 約 20,000 km 約 45 マイクロ秒

同じ理屈が、450mから2万kmまで一続きにつながっています。

そして、この関係は逆向きにも読めます。時計の進み方の差を測れば、高低差が分かる。離れた2点の高さを、水準測量ともGNSSともまったく別の原理で決められる——「相対論的測地」と呼ばれるこの考え方は、標高の基準をどう定めるかという測地学の根っこに直結しています。

高さの話がいつも「どの面をゼロにするか」の議論になるのは、標高・楕円体高・ジオイド高の関係を見れば分かるとおりです。そこへ時計という別の物差しが加わろうとしている、ということです。

出典

  • Inside the box: GPS and relativity — GPS World(衛星クロックの周波数オフセット 10.22999999543 MHz): https://www.gpsworld.com/inside-the-box-gps-and-relativity/
  • Introducing Relativity in Global Navigation Satellite Systems(相対論効果の内訳と補正式)— arXiv: https://arxiv.org/pdf/gr-qc/0507121
  • 18桁精度の可搬型光格子時計の開発に世界で初めて成功 〜東京スカイツリーで一般相対性理論を検証〜 — 島津製作所: https://www.shimadzu.co.jp/news/press/4nuik3hd982hefif.html
  • みちびきの軌道 — 内閣府: https://qzss.go.jp/overview/services/tech01_orbit.html
  • 東京スカイツリーの高さを精密に測量 — 国土地理院: https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/skytree.html

「富士山の山頂 約36ナノ秒」は、本文に示した式 (g×h÷c²)×86,400 に g=9.8m/s²、h=3,776m、c=2.998×10⁸m/s を入れて本記事内で計算した概算値です(同じ式でスカイツリーの450mを計算すると約4.2ナノ秒となり、実測の報告値と一致します)。記述は2026年9月時点のものです。


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