
北極星の高さは、その場所の緯度と同じ? — 星で測る緯度と、地図の緯度がずれる2つの理由
ほぼ同じですが、2つぶんずれます。 第一に、緯度に等しいのは「天の北極の高度」であって北極星の高度ではありません(北極星は天の北極から約40分ずれています)。第二に、星が教えてくれるのは重力の向きを基準にした天文緯度で、地図の測地緯度とは別物です。順に見ていきます。
なぜ「天の北極の高度=緯度」になるのか
国立天文台の暦Wikiは、天文航法の基本としてこう書いています。
天の北極の高度はその場所の緯度に等しくなります。
理屈は単純です。天の北極は、地球の自転軸を空まで延ばした点です。
| いる場所 | 天の北極はどこに見えるか | 緯度 |
|---|---|---|
| 北極点 | 真上(高度90度) | 90度 |
| 東京(北緯35.7度) | 地平線から約35.7度の高さ | 35.7度 |
| 赤道 | 地平線のきわ(高度0度) | 0度 |
北極点から赤道へ移動すると、自転軸を見上げる角度がそのまま寝ていく。だから高度の数字と緯度の数字が一致します。角度をひとつ測るだけで緯度が出るので、大航海時代の船でも十分に使えました。
対になる経度は、こうはいきません。空にそれらしい目印がなく、時計が要ります。そちらの苦労は昔の船はどうやって経度を知ったかで追っています。
江戸時代の書物に出てくる「北極出地度数(ほっきょくしゅっちどすう)」は、まさにこの天の北極の高度、つまり緯度のことです。伊能忠敬が各地で星を測っていたのも同じ原理でした(伊能忠敬の地図はなぜ正確だったか)。
ずれ その1 — 天の北極には星がない
ここが最初の落とし穴です。天の北極という点に、星は置かれていません。 北極星(こぐま座α星ポラリス)は、そのそばにあるだけです。
- 21世紀初頭の北極星は、天の北極から約40分(約0.7度)離れています
- そのため北極星は、1日かけて天の北極のまわりに小さな円を描きます
- 高度は一晩のうちに、上がったり下がったりします
40分ぶんを緯度の距離に直すと、どれくらいになるか計算してみます。
40分 = 0.667度
緯度1度 ≒ 111km
0.667 × 111 ≒ 74km
補正しなければ、最大で70km台の見当違いです。実際の天文航法では、北極星の高度を測ったあと、観測時刻から「いま天の北極のどちら側にいるか」を割り出して差し引きます。
しかも、この位置関係は固定ではありません。地球の自転軸は約26000年周期で首を振っており(歳差)、天の北極も空の上を動いていきます。約12000年後には、こと座のベガが北極星の座に近づきます。逆に言えば、いまポラリスが北極星なのはたまたま今の時代だからです。
自転軸そのものが短周期でわずかに揺れる話は北極点は動いているのかにまとめています。
なお、この方法は南半球では使えません。天の南極の近くに、北極星に相当する明るい星がないからです。南半球では、太陽が子午線を通るときの高度から緯度を出す「子午線高度緯度法」が主役になります。
ずれ その2 — 星が測っているのは「天文緯度」
2つめのずれは、もっと根が深いところにあります。
北極星の高度を測るとき、基準になる「水平」はどうやって決めるか。水準器やおもりの糸、つまり重力の向きです。ところが重力の向きは、地球のどこでも楕円体の法線と一致しているわけではありません。近くに山があればそちらへわずかに引かれ、地下の岩石が重ければそちらへ傾きます。この差を鉛直線偏差と呼びます。
つまり「緯度」には少なくとも3種類あることになります。
| 名前 | 何を基準にした角度か | 誰が使うか |
|---|---|---|
| 天文緯度 | 鉛直線(重力の向き) | 星で測った緯度 |
| 測地緯度 | 基準楕円体の法線 | 地図・GNSS・座標データ |
| 地心緯度 | 地球の中心から引いた直線 | 衛星軌道などの計算 |

測地緯度と地心緯度の違い(楕円体の形から来るずれ)は「緯度」は一種類じゃないで図にしています。本記事の天文緯度は、そこに3つめとして加わるものです。
1秒のずれは約31m
鉛直線偏差の大きさを実感するために、角度と距離の換算をしておきます。
緯度1度 ≒ 111km
1度 = 3600秒
111km ÷ 3600 ≒ 31m
緯度で1秒ずれると、地上では約31m。 天文観測の精度が秒のオーダーである以上、鉛直線偏差は無視できない量です。
この効き方が最もよく知られている例が、経度側のグリニッジです。エアリー子午環の位置では鉛直線偏差の東西成分が約5.3秒あり、その結果、現在の経度0度は天文台の約102m東を通っています(本初子午線はどこを通る?)。緯度でも、原理はまったく同じことが起きます。
日本の原点でも同じことが起きていた
旧日本測地系の緯度経度は、東京・麻布の日本経緯度原点で行われた天文観測をもとに決められていました。鉛直線を基準にした値です。
その後、人工衛星によって地球の重心を基準にした世界測地系が使えるようになると、東京付近で緯度が約12秒、経度が約−12秒ずれていたことが分かりました。上の換算に当てはめれば数百メートル規模です。「古い地図が数百mずれる」の正体の一部は、ここにあります。
原点そのものの話は日本経緯度原点と日本水準原点にまとめています。
まとめ
| 問い | 答え |
|---|---|
| 天の北極の高度=緯度? | そのとおり。北極で90度、赤道で0度 |
| 北極星の高度=緯度? | 約40分ずれる。補正しないと最大70km台の誤差 |
| 星で測った緯度=地図の緯度? | 別物。鉛直線偏差のぶん違う(緯度1秒=約31m) |
| 北極星はずっと北極星? | いいえ。歳差で天の北極が動き、約12000年後はベガ |
星ひとつで緯度が分かる、という話の骨格は正しい。ただし「どの点を」「どの向きを基準に」測っているかを一段ずつほどいていくと、現代の測地系が楕円体と重心を基準に組み直された理由が見えてきます。
出典
- 国立天文台 暦計算室「暦Wiki/天文航法/緯度の決定」 — https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C5B7CAB8B9D2CBA12FB0DEC5D9A4CEB7E8C4EA.html
- 日本天文学会 天文学辞典「北極星」 — https://astro-dic.jp/polaris/
- 国立天文台「歳差ってなに?」 — https://www.nao.ac.jp/faq/a1007.html
- 国土地理院「3 日本測地系と世界測地系」 — https://www.gsi.go.jp/LAW/G2000-g2000-h3.htm
本記事で計算した値
| 値 | 根拠 |
|---|---|
| 40分 ≒ 74km | 0.667度 × 111km/度 |
| 緯度1秒 ≒ 31m | 111km ÷ 3600 |
次に確認する
- この記事の内容をクイズで確認する — 2問で、40分のずれと鉛直線偏差の効き方を確かめられます
- 昔の船はどうやって経度を知ったか — 緯度と違って経度に時計が要る理由が、対比で読めます
- 「緯度」は一種類じゃない(測地緯度と地心緯度) — 本記事の天文緯度を加えた3種類の関係が図で分かります
- 本初子午線はどこを通る? — 鉛直線偏差が経度側で約102mとして現れた実例です
- 日本経緯度原点と日本水準原点 — 天文観測で決められた原点が、いまどう扱われているかが読めます
- 度分秒と10進度はどう直すのか(GeoConverter Pro) — 「40分」「5.3秒」を度へ直す手順そのものです
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第3章「富士山と伊能忠敬」(Kindle Unlimited対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・公開プロジェクトの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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